聖書箇所ーマルコ福音書1:12~15

◇主イエスは聖霊によって荒れ野へ送り出され、「13:40日間そこにとどまり、サタンから誘惑を受けられた」。旧約「ヨブ記」に「サタン」が天使の一員として登場する。ヨブは人物は富豪であると同時に、信仰深い人だった。「1:6 ある日、主の前に神の使いたちが集まり、サタンも来た」。サタンは地上を巡回し、人間を監視し告発する役目を担った。

◇神がオブの信仰を評価するとサタンは答えた、「1:9 ヨブが、利益もないのに神を敬うでしょうか。1:10 あなたは彼とその一族、全財産を守っておられるではありませんか」。サタンはヨブの信仰は豊かさの中でこそ維持されている。人間において信仰とは条件に応じて生ずるものだ、と主張する。「1:11 ひとつこの辺で、御手を伸ばして彼の財産に触れてごらんなさい。面と向かってあなたを呪うにちがいありません。

◇ヨブを信頼する神とサタンは対立し、賭を行う。家畜財産、息子娘、すべてを失ったとき、ヨブは言う。「1:21 わたしは裸で母の胎を出た。裸でそこに帰ろう。主は与え、主は奪う。主のみ名はほめたたえられよ」。「信仰とは条件に応ずるものである」という定義は間違いだった。

◇四人の友人たちがヨブを見舞いに来たが、彼の変わり果てた姿に驚き、やがて彼にはやはり苦難を受けるだけの理由があるのだという因果応報、勧善懲悪の思想でヨブを説得し、その苦難を理解しようとする。

◇ヨブはこれに断固反対し、自分には何の責任もない。この苦難の原因は神にある。私は神がわたしをなぜ、何のためにこんな目に合わせられるのか知りたいと言って、直接神に問いかけていく。それは神の胸ぐらつかんで問いただすような姿勢だ。すると神の答えがあった。

◇38章「1:主は嵐の中からヨブに答えて仰せになった。2:これは何者か。知識もないのに、言葉を重ねて/神の経綸を暗くするとは」。「神の経綸」(口語訳で「神の計りごと」)は、創造主なる神が被造世界を治める計画。神はヨブにお前はそれをどこまで知っているというのかと問い迫る。

◇ヨブ記における正解は「真理は我々には分からない」ということだ。分からなくても、その背後にある神の計画を信じて信頼できるなら、人は苦難を耐えることが出来る。キリスト者とはそれを信じる者だ。
                         大村 栄