聖書ーマタイ福音書2:1~12 歳末礼拝
◇「1:占星術の学者たちが東の方から」ユダヤ人の王拝みに来たと聞いてヘロデ王は不安を抱いた。自分の権力の座を危うくなると考えたのは当然だが、「3:エルサレムの人々も皆、同様であった」というのは意外だ。未知なものが迫り来る時に感じる動揺や「不安」は町の人々にもあったし、新年を迎えようとしている私たちにもある。
◇サイモンとガーファンクルの「明日に架ける橋」。Bridge over troubled water(激流に架ける橋)。「頼る友もない時には、明日に架ける橋のように、私が身を投げかけてあげよう」。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない」(ヨハネ14:6)。と言われたキリストこそが本当の明日に架ける橋である。
◇三人の博士たちは星に導かれてベツレヘムに到達し、「11:彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた」。本当の「明日にかける橋」となって下さる救い主を、感謝と感激をもって拝み、自分たちの持てる最上の捧げ物を捧げたのだ。この「宝の箱」は財宝と言うより、彼らの占星術の学者たち(Magi、マジックの語源)の商売道具ではないかと言う説もある。商売道具を捧げるとは、自分を捧げ将来を委ねること。献身と服従を意味する。捧げ物の価値よりも、捧げるという意志や行為そのものが尊い。
◇米国作家O・ヘンリーの短編小説「賢者の贈り物」(The Gift of Magi)。主人公の若い夫婦はお互い相手にクリスマスの贈り物をすることを考えたが、貧しいので、夫のジムは父譲りの金時計を質に入れて、妻デラの金髪をとかすヘアブラシを買った。一方のデラはジムの素敵な金時計に欠けている金のくさりを買った。そのために自分の美しい金髪を売って。
◇作者は言う「世界中のどこであっても、このような人たちが最高の賢者なのです。彼らこそ本当の、東方の賢者なのです」。
◇「自分の体を神に喜ばれる聖なるいけにえとして献げなさい。これこそ、あなたがたのなすべき礼拝です」(ローマ12:1)。新年も礼拝生活を中心に、神への感謝の捧げ物として、自分自身を捧げる生涯を過ごしていきたい。その道に、主イエスが「明日に架ける橋」となって下さる。 大村 栄